NORITSUGU ODA
織田憲嗣が初めて椅子に座ったのは、小学校の教室だった。大人になってから、ル・コルビュジエの「LC4」シェーズラウンジと出会い、これがコレクション1脚目となる。50余年に渡り収集・研究をしてきた1350脚を数える椅子は、世界でも類を見ない極めて貴重なコレクションといえる。1994年コレクションとともに北海道へ移住し、北海道東海大学芸術工学部(当時)教授に就任。織田ゼミを担当し、2015年に最終講義を経て現職。「デンマーク180脚の椅子展」や「椅子とめぐる20世紀のデザイン展」など長年に渡って数々のデザイン展に協力。デンマークの椅子デザインに関する様々な著書を発表し、そのキャリアの中で「デンマーク家具賞」、「第1回ハンス・J・ウェグナー賞」などの賞を受賞している。
「いい椅子は人に振る舞いを要求してくるっていうことですね。」
「ハンス J. ウェグナーさんがデザインした椅子っていうのは座った瞬間、もうスイートスポットなんです。
ウェグナーさんの人間性っていうのをその椅子に腰掛けた時、すごく感じます。」
織田先生の肩書はチェアリサーチャーですが、かなりニッチな職業の印象を持ちます。その肩書きにはどのような経緯があるのでしょうか?
日本においては昭和30年頃から一般の住宅の中に椅子というものが登場してくるのですが、私が生まれた1946年という時代は、太平洋戦争が終わってまだ1年経ってなかったものですから、私の家には椅子も1脚もなくて、小学校に入学した時に初めて教室で椅子というものに腰をかけた記憶があります。どうして私がその椅子にこれほど興味を持ったのかっていうと、椅子っていうのは辞書で引くと身体を受け止め、支える主軸であるという物理的な意味と、
それから地位を表すという非常に精神的な、抽象的な意味、この2つがあるわけですね。その地位を表すっていうのは、組織のトップのことをチェアマンというふうに言いますので、皆さん組織に入るとなるべく幹部になろう、やがて経営者になろうということで、位の高い椅子を目指すわけです。そういう人間としての深層心理の中にある欲望が、椅子というものに形を変えている。これが多くの人を椅子に引き付けている多い原因ではないかなと思っております。
デンマークと日本のデザインの伝統や表現にはどのような共通点がありますか?
ものづくりという面で申し上げると、デンマークと日本のものづくりには、かなり共通した部分があります。美意識においてもそうです。日本人というのは質素簡素を重んじる価値観があります。これは北欧の方たちと非常に共通するシンプルシティーにも通じる部分ですね。ですから、モノづくりの現場でも、素材の持ち味をいかにして大事に生かしていくかですとか、形をなるべくシンプルにしようですとか、様々な分野において共通項があります。職人さんの技術においてもそうですけれども、非常に高い技術を持った職人さんを重んじるということでも同じといえますね。古く遡るとジャポニズムの頃(19世紀後半にヨーロッパで流行した日本趣味のこと)にですね、日本の文化芸術、伝統工芸、そういったものが北欧にも大きな影響を与えています。特にデンマークではロイヤルコペンハーゲンとかジョージジェンセンとか、そういったところが1900年代の初頭に発表した作品の中には、見事に日本のジャポニズムの様式といえるものが表現されています。デンマークとは、そういうところで相思相愛の関係にあったんだなということは感じますね。
ハンス J. ウェグナーの椅子のコレクションを展示し、ウェグナーに関する出版物もいくつか書かれていますね。ウェグナーが、先生の目的において特別な理由は何でしょうか?
あくまでも1研究者として取材のためにというその一線を越えないようにということを自分に命じてきました。ただ、(ウェグナーさんが)私のことを認めてくださってからは、一般的な取材では立ち入れないところまでご案内していただきました。例えば地下にあたる1階の山側には、木工の加工機械があったり、それからライブラリーだったり、貴重な文献類もたくさんありました。また、リビングの奥は家族のためのスペースで、そこのファミリールームで食事もさせて頂いたり。それからウェグナーさんが運転する車の後ろに乗せてもらって家具工房まで行ったこともあるのですけれども、すごく幸せな時間でしたね。
あなたにとって優れた椅子とは?
ウェグナーさんがデザインした椅子っていうのは、座った瞬間もうスイートスポットなんです。本当に機能的によくできてるんです。それと同時にプロポーションもきれいつまりデンマークの機能と美しさ、機能美を兼ね備えてるっていうのが、ほとんどの作品について言えます。
同じようなプロポーション、同じような機能性であれば、機械を使って、なるべく手に取りやすい価格でみんなに行き渡るように、というのは、もう彼の一番大事な願いでもあったわけです。そういった点を考えると、ボーエ・モーエンセンの“大衆のための椅子を”という思いと同じような志を、ウェグナーさんも持っていて、デザイナーである以前に、自分は家具職人だっていう、その誇りの部分がずっとありましたね。だからウェグナーさんの人間性っていうのをその椅子に腰掛けた時、すごく感じます。椅子っていうのは一番その作家性、人間性が表れやすいアイテムなんです。
いい椅子は人に振る舞いを要求してくるっていうことですね。